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山口地方裁判所 昭和38年(ワ)219号 判決

原告 国

訴訟代理人 川本権祐 外三名

被告 小林末男

主文

訴外小林貞次が昭和三七年三月三日被告との間でした退職金支給名義による金五〇万円の贈与契約はこれを取り消す。

被告は原告に対し金五〇万円及びこれに対する昭和三八年一二月二〇日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第二項において金員の支払を命じた部分にかぎり仮りに執行することができる。

事実

(原告)

原告指定代理人は、主文第一ないし第三項と同旨の判決を求め、請求の原因として次のように述べた。

一、原告は昭和三七年三月三日当時小野田市大字有帆一二三四番地小林貞次に対しすでに納期到来ずみの昭和三四年度所得税に対する旧利子税及び延滞加算税あわせて金八万一九〇〇円、昭和三五年度所得税金二一九万五三二〇円、これに対する加算税金一三四万六五〇〇円、利子税及び延滞加算税あわせて金四二万五三四〇円、昭和三六年度所得税金九〇五〇円、これに対する利子税金二五〇円、以上合計金四〇五万八三六〇円の租税債権を有していた。

同人はその後金一〇万円を納付したが、その余の支払をしないので、原告は同人の財産につき滞納処分を行い、公売及び債権の取立により金一八一万三九八一円を微収し、右昭和三六年度所得税及びこれに対する利子税は消滅し、昭和三五年度所得税は金二七万一四六九円に、利子税は金一三万四六五〇円に減少したが、これに対する延滞加算税は金二九万四四〇〇円に増加し、なお延滞税金五万一〇〇〇円が加算されることとなつたので、原告は昭和三八年一二月一四日現在でなお同人に対し合計金二一九万三八七九円の租税債権を有する。

二、ところで、同人はもと厚狭郡山陽町大字郡において吉部田採石所名義で採石業を営んでいたが、昭和三六年一二月二九日新沖山炭鉱株式会社に対し同所における事業資産である動産不動産一切を代金一五〇〇万円と定め、うち金一一〇〇万円は同会社に同人の債務を引き受けさせ、金四〇〇万円の支払のみを受けることとして譲渡し、廃業した。

しかるに、同人は昭和三七年三月三日被告に対し同人の唯一の残余資産というべき右譲渡代金のうち金五〇万円を退職金名義にかこつけ贈与した。

三、同人は、右贈与当時前記のような租税の滞納により滞納処分を受けその資産のみを以ては右租税を完納し得ないことを充分熟知し、広島国税局長から昭和三七年八月八日までこれを分割納付する許可を得ていた状況であつたのであるから、右贈与によつて原告の租税債権の微収が困難なることを知りながら敢えてこれをしたものである。

被告は、右贈与を受けた当時原告の租税債権を害すべき事実を知らなかつた旨主張するが、被告は小林貞次の実弟で同番地に居住し、同人の採石事業開始以来これと密接に協力している者であり、昭和三六年六月三〇日宇部税務署員が同人に対し滞納処分の執行をした際立会つた者であるから、同人が原告に対し前記の租税債務を負担しているほか他に多額の債務を負担しており、本件贈与を受けるにおいては原告の租税債権を害しこれを納付することができなくなることを知悉していたものであつて、悪意の受益者といわなければならない。

四、よつて、被告に対し小林貞次と被告との間の贈与契約を取り消し、その受益の返還として金五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三八年一二月二〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の遅延損害金の支払を求める。

(被告)

被告は、請求棄却及び「訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として次のように述べた。

一  原告主張の事実は、被告が小林貞次の実弟で同番地に居住するものであり、昭和三七年三月三日同人から退職金として金五〇万円を受領したことは認めるが、同人及び被告が右退職金の支給により原告の租税債権を害すべき事実を知悉していたとの点は否認する、その余の事実は知らない。

二  被告は当時右退職金の受領が原省の粗税債権を害すべき事実を知らなかつたものである。

なお、被告は昭和二八年頃から兄小林貞次の経営する土木建築業に従事し、次いで採石業に従事するに至つたものであるから、金五〇万円の本件退職金は決して多額に過ぎるものではない。

証拠〈省略〉

理由

一  広島国税局長の証明書き部分の成立について争いがなくその記載内容に照らし全体について真正に成立したものと認め得る甲第一号証の一、二によると、原告は昭和三七年三月三日小林貞次と被告との間において本件贈与契約のなされた当時同人に対し請求原因一記載のように合計金四〇五万八三六〇円の租税債権を有していたが、本訴提起に接近する昭和三八年一二月一四日当時においては同じく請求原因一記載のような合計金二一九万三八七九円の租税債権を有していたことが明瞭である。

二  そして、昭和三七年三月三日被告が右小林貞次から退職金として金五〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。そこで、右金員の交付がいかなる原因に基いてなされたものであるかについて検討する。

成立に争いのない甲第四、第七、第九号証及び被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によると、小林貞次は昭和三一年一二月頃から厚狭郡山陽町大字郡において吉部田採石所なる名義で四、五〇人の従業員を雇い、採石業を営んでいたが、就業規則、労働契約若しくは労働協約に従業員に対する退職金支給の定めもその慣行もなく、昭和三六年一二月二九日頃採石業を廃した際にも従業員のすべてに退職金を支給することなく被告を含む凡そ一〇人の一部従業員に対し確たる基準もなしに自己の主観によつて定めた金額を与えているのであつて、これに後記のごとく被告が小林貞次の実弟であり、その密接な協力者であつた事実を考えあわせると、同人から被告に対してなされた退職金名義による右金五〇万円の交付は同人の好意的な贈与を原因とするものと認むべきである。被告本人は、同人に対し採石事業の用に供する機械買受金に関連する債権を有するがごとき供述をするも、明確なものではなく右認定を覆すに足りるだけの証拠力を有しない。他に右認定を左右するような措信すべき証拠はない。

しかして、前掲甲第四、第九号証、成立に争いのない同第五号証、右同第四号証中の記載により成立を認め得る同第二、第三号証に前段認定の事実又び本件弁論の全趣旨をあわせると、小林貞次は昭和三六年六月頃原告に対し凡そ金四〇〇万円以上もの租税債務を負担し、これにより原告から滞納処分の執行として採石機械設備の一部の差押を受けていたが、同年一二月二九日新沖山炭鉱株式会社に対し自らの経営する唯一の事業である吉部田採石所に関連する採石権、機械施設等営業の一切を金一五〇〇万円で譲り渡し、うち金一一〇〇万円は同会社において同人の株式会社山口銀行高千帆支店等債権者に対する同額の債務の履行を引き受けることとして右譲渡代金から控除し、現実には金四〇〇万円のみの支払を受けたものであり、前同日支払を受けた金一〇〇万円、昭和三七年一月一三日支払を受けた金一〇〇万円及び同年三月三日支払を受けた金一〇〇万円のうち被告に対し贈与したものと認められる金五〇万円を除く金五〇万円をいずれも曽根商工株式会社等債権者に対する債務の弁済に充て、被告に対し退職金名義により金五〇万円を贈与した右同日頃同人には他に現金四、五万円、金六、七〇万円の未収債権及び小林豊の加入名義で実質的には小林貞次の所有である厚狭七三四番の電話加入権があるほかみるべき資産がない反面、なお金一〇〇万円を超える負債及び原告に対し差押を受けている物件を以てしてはとうていその半ばをも弁済し難い金四〇五万八三六〇円の租税債務を負担していたのであつて、現在もなお右営業譲渡により資力を回復してこれらの債務を弁済すべき方途を失うに至つていることが認められる。この認定に反する証拠はない。

右認定の事実によると、小林貞次は被告に対し金五〇万円を贈与するときはこれにより原告ら債権者を害すべき事実を充分知りながらこれをしたものと認むべきである。

三  よつて、被告主張の善意の抗弁について判断する。

しかし、前掲甲第五号証、成立に争いのない同第六ないし第八号証及び被告本人尋問の結果によれば、被告は昭和二九年兄小林貞次が土木建築業をしていた当時から同人に協力し、昭和三六年一二月同人が採石業を廃するまで同人と隣りあわせに居住し主として採石現場の責任を受け持ち、同人の株式会社山口銀行高千帆支店との取引につき保証人となる等その事業経営を助けていたものであり、同人が前認定のように原告に対し多額の租税債務を負担しこれにより同年六月頃原告からその土地、家屋、家財道具、採石機械等の差押を受けたことを知悉し、従つて、原告のほかにも金一三、四〇〇万円以上もの債務が存在し、その全財産を以ても以上の債務全部を完済することは著しく困難であつたことは充分了解していたものと推認されるものであり、被告本人尋問の結果中右善意の主張に沿う部分はにわかに措信し難いものといわなければならない。

四  しからば、小林貞次が昭和三七年三月三日被告との間でした前示退職金名義による金五〇万円の贈与契約は原告のためこれを取り消すべく、被告は原告に対し同人から交付を受けた金五〇万円をこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録に徴し明らかな昭和三八年一二月二〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の遅延損害金を附して支払うべき義務あることが明らかである。よつて、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宜言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木醇一)

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